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少女との邂逅 I

メルヴィン


まさかの二連続ショートストーリー更新。
前回が本当にただのプロローグだったので、せめて一話は上げておこうと思って急遽仕上げた。
例によって完全に身内向けなので、読もうと思う奇特な方だけ続きへどうぞ。

一応目次のように、これまでのストーリーへのリンクをここに乗せておく。

「始まりを迎えるために」
「少女との邂逅」 I



少女との邂逅 I



 ――「始まりを迎えるために」の八年前。
物語は、ある男達が盗み出したコンテナから始まる。



 そこは薄暗く、大型の車でさえ楽に通れそうなくらい広い、くねった通路だった。
等間隔に備え付けられた壁面の照明は、長年のメンテナンス不足で点滅していたり、あるいは既に消えていたりで気休めにもならない。
壁や天井、至る所がパイプやコードの束に覆われ、ぼんやりとした明かりに照らされて不気味な雰囲気を醸し出している。
何かの体内に飲み込まれたような気分だ。こうなるとパイプの中を伝わる鈍い駆動音でさえ、内臓の鼓動に聞こえてくる。

 そんな中を、数人の男達が歩いていた。いずれも憔悴した表情を浮かべていて、疲れている様子だ。
身なりも決して綺麗とは言えず、歩いているうちにパイプやコードに擦ったのか、汚れが目立つ。
そしてその男達を何より特徴付けているのは、全員で持ち運んでいる長方形のコンテナだ。

 人が一人分ほど入りそうな大きさで、男達の身なりに比べれば遥かに綺麗な作りをしている。魔物でも封じてあるのかと思うほど厳重に密閉され、少しの衝撃ではびくともしないように補強されている。
コンテナの表面には大量の文字が浮かんでいるが、ほとんどは複雑な化学式か何かのようで意味は分からない。
何とか読める一文は、こう読み取れた。

 ――アークス 虚空機関 第七研究室。

 まるで棺桶だ。人が迂闊に触ってはいけないような雰囲気がある。
男達は憔悴しているにも関わらず、そのコンテナをそれなりに――といっても男達の雑な基準で――慎重に運んでいた。

 やがて、男達の足が止まる。
どうやら分岐地点に差し掛かったらしい。これまでも枝分かれした道にぶつかるたびにどちらへ向かうか悩み、たびたび立ち止まっていた。

「くそ、また分かれ道だ」

 男達の一人が舌打ちした。
何せ目に映る景色がずっとこんな具合で、おまけに複雑に入り組んでいる。
目印でもなければ、向かう方向など皆目検討もつかない。

「どっちが地下街へ向かう道なんだ?」

 先ほど舌打ちをした、髪の短い男が尋ねた。

「さあな、お前はどっちだと思う」

 男達の先頭を歩いていた、リーダーらしき男が投げやりに言った。

「それが分かってりゃ、こんな苦労はしてないだろ!」

 再び声を荒げる男。もうだいぶ歩き詰めらしく、苛立ちが募っている。
不満こそ口にしないが、他の男達も同じような気持ちのようだ。ある種の、不信感のような空気が張り詰めている。

「地下街までの丁寧な案内があるとでも思ってたのか?そんなに簡単に見つかる場所なら、俺達が向かう意味がないだろう。良いから黙って何か目印がないか探せ。地下街の連中だって、何もなしにこんな場所を歩けるはずがない」

 リーダーが言い切ると、髪の短い男はひとまず引き下がった。他の男達も散らばって、何か目印がないか探し始める。
懐中電灯の明かりを頼りにパイプを照らし、裏を覗いて確かめる。油で表面が汚れたパイプを一つ一つ確認するのはかなりの手間で、作業は難航しそうだ。

「畜生、だから俺は嫌だったんだ。大体、地下街なんてもんが本当にあるのかも分からねえ。ああ、騙された。何が地下街に逃げてほとぼりが冷めるまで待てばいい、だ」

 目印がないか探しながら、なおも愚痴を続ける髪の短い男。

「黙れと言ったぞ。大体、俺がこの話を持ちかけた時、一番最初に飛びついたのはお前だったはずだ」
「酔ってたんだよ!そうだとも、そうでなきゃこんな無茶な話に乗ったはずがない!あの時の俺を殴ってやりたいぜ」

 男はリーダーの返答を一蹴した。そう、男達が今こうして、暗闇にも近い通路を彷徨っているのにはわけがある。



 単純で、よくある話だ。
アークスシップの四番艦・アンスール。その居住区の一角に、倉庫群が立ち並ぶエリアがある。
リーダーの男はそういった施設で働く電気工で、安い収入と平凡な毎日……つまり退屈な暮らしに飽々していた。

 俺はこんなところで終わるような人間じゃない。もっと大きなことを成し遂げる人間だ――。

 そんな妄想で日々の不満の憂さ晴らしをしていた男が、日頃から気になっていた倉庫があった。

 その倉庫は一見、他の倉庫に比べても小さい、なんでもないもののように見えた。
しかし、その一帯で電気工として働いているリーダーの男は、その倉庫の異様さに気付いていた。
他の倉庫に比べて妙に建物がしっかりしている。砲撃でもされることを想定しているかのような頑丈さだ。
倉庫のどこを見渡しても中身は愚か、所属や部署の表示さえない。全くの無地、である。下手をすると倉庫かどうかでさえ定かではなかった。
さらに扉には複雑で高度なロックが施されていて、採光口の一つもない。一体中に何が入っているのか、知る者は誰もいなかった。

 男は次第に、そこに自分の人生を変えるような、とんでもないお宝があるのでは、と思うようになった。

 まるで中身の分からない、未知の宝箱。普通の人間なら開けることすら叶わないが、俺なら――。

 つまり、変化を求めていたのだ。それが道を踏み外した行いならなおさら、普段味わえない特別な感覚があった。
そうは言っても、男は所詮ただの凡人である。そんな想いはあくまでただの妄想で、日々の慰めにしかならない。はず、だった。

 その倉庫のセキュリティさえ解除できそうな解析装置を、とある経路から入手するまでは。
その経緯について、他の男達はリーダーに詳しく追求したが、リーダーは曖昧に言葉を濁すだけで明確な答えを出さなかった。
重要なのは、あの倉庫の扉を開けることが可能になった、という事実だけだ。

 安酒と妄想に酔い、気を大きくしたリーダーは他の男――同じ現場で働く者達に声をかけた。

 俺と一緒に、一山当てないか、と。

 他の男達も、リーダーとほとんど似たような日々を送っていたらしい。ある程度の怯えや打算はあったものの、結局その計画を実行することになった。

 侵入自体はスムーズに進んだ。
その構造や高度なロックとは裏腹に、警備の姿は一人も見当たらず、監視カメラもお粗末な配置で、言ってしまえばざるの目のような状態だったからだ。目立たない深夜に解析装置を使って扉を開けてしまえば、あとはほとんど素通りで中に入ることが出来てしまった。

 だが、問題はそこではなかった。
男達は想像もしていなかった事態に直面した。
あれだけ勿体ぶった外見を見せびらかし、とんでもないお宝が眠っているのではないかと思っていた倉庫は――。
今は全く使われておらず、廃棄予定の物を一時的に保管しておくためだけにある、廃倉庫だったのだ。

 ひと目見るだけでガラクタと分かる物が寂しげに転がり、倉庫の大半は空。宝どころか、二束三文になるような物すら置いていなかった。
その時の男達の憤慨ときたら、自分達も乗り気だったことを忘れて酷い有様だった。

 このままでは帰れない、と憤った男達は、その倉庫を徹底的に探しまわった。
そして見つけたのだ。目立たないように巧妙に隠された、隠しスペースのような場所を。そこは入り口と同じようにロックが施され、いかにも意味ありげだった。解析装置を使ってそのロックを解除すると、中に保管されていたのは、先ほど男達が運んでいたあの長方形のコンテナだった。
倉庫の中にある物では、それだけが明らかに雰囲気が違った。何より、何とか読み取れた例の一文――アークスと虚空機関という言葉が男達の興味を引いた。

 アークス。惑星間航行船団オラクルに所属する、船団が発見した惑星への調査、敵対的な勢力に対する対処を行う組織の名称である。
アークスには、フォトンの適性がある者しか選ばれず、また、適性があっても厳しい試験を合格する必要がある。
選ばれた一部の人間にしかなれない、一般市民にとっては高嶺の花とも言える組織だ。

 そして虚空機関は、アークスに付随する研究機関だ。こちらはアークスよりさらに手の届かない存在で、まるで実態が掴めない。
仕事終わりの酒場で聞く与太話では、人工的な生物の創造、人為的なフォトン適性の調整などなど、眉唾物の話がまことしやかに語られている。

 どちらも、男達にとっては憧れこそすれ触れ得ない、想像上でしか語れない場所だ。
興奮状態のその時は、事の大きさに怖気づくよりは、中身への期待感が勝った。これこそが俺達が求めていた宝物に違いない、という期待があったのだ。

 しかし、調子が良いのはそこまでだった。
いざそのコンテナを持ち運ぼうと接続されていたコード類を外すと、途端に警報が鳴り響いたからだ。
それまでの事が楽に運びすぎて、男達は慎重さを失念していた。最悪の事態である。

 アークスが追ってくる。ようやく男達は状況の深刻さを理解した。
全員がフォトン適性を持ち、さらに過酷な訓練をこなしている。挙げ句の果てに、適性のない者には逆立ちしても扱えない、フォトンを利用したアークス専用の武装で全身を固めている。恐らく、鉄パイプで思い切り後頭部を殴ってみても大したダメージにはなるまい。そして返す刃は、鉄柱ですら容易に切り裂く威力を持っている。アークスに立ち向かおうとするのは、勝ち目を語ることも馬鹿らしい、完全な自殺行為と言えた。

 幸い、脱出系路は事前に下調べをしていた。そうでなくとも、倉庫群の一帯は男達の庭である。器の小さい者は、逃げる準備だけは怠らないものだ。一目散に逃げ出す素振りを見せた男達だが、今更手に入れた宝を手放す気にもなれず、問題のコンテナだけを数人で運び出し、急いでその場から離れたのだった。



 ここで、話は現状に戻る。
男達はその場を離れることには成功したが、これから何処へ向かうかのほうが重要だった。
アークスシップの全長はたったの70km。担当の人間しか入ることの出来ない海洋区などの生産区域、船の司令部や機関部のことも考えれば、居住区はさらに狭い。
いくらいくつかのブロックに分かれているとはいえ、隠れるにも限界がある。
誰にも見つからずに盗み出すことが最善の選択肢だったが、それはもう叶わない。それどころか、見つかった相手はまさかのアークスである。盗んだ品もアークスが管理していた品とあっては、恐らく見逃しはしないだろう。
九分九厘、詰みだ。大抵の人間はこの時点で諦め、致命的な罪にならない内に出頭する。

 だが、男達はそれでも賭けに出た。最初に失望した分、そのコンテナに全ての希望を預けてしまったようだ。
これもまた、虚空機関の噂話のように、与太話の範疇で語られる噂がある。
このアークスシップの居住区の下、パイプが這いずり闇が包む地下ブロックの何処かに――。
オラクルの管理を嫌う人間が集まり、集落のようなものを形成して暮らしているという。
居住区のようなルールに縛られることもなく、生産ノルマのような責務もない。そこに住む人々は皆自由を謳歌し、好き勝手に生きている、と。

――通称、地下街。負け犬達の楽園。

 それが本当なら、アークスの手も届かないはずだ。男達はその与太話を最後の選択肢として選ぶことに決めた。

 そして今、彷徨いながらその地下街を探しているというわけだ。
もう地下を探しまわって随分時間が経つ。何度も分岐路で迷い、自分達がどのあたりにいるかも分からないままここまで来てしまった。
既に帰り道すら見失っている。このまま地下街が見つからなければ、アークスが見つけるのは男達の死体になりそうだ。男達は疲労と不安で、もう限界だった。

「駄目だ、全然見つからねえ!やっぱり地下街なんて与太話だったんだ!酒場の連中に一杯食わされたんだよ!」
「そんなことはどうでもいい!帰り道はどうなってんだよ、なんで誰も目印を持って来なかったんだ!」
「馬鹿が、そんな余裕なんてなかっただろう!計画自体に無理があったんだよ!」

 口々にがなり立て、罵り合う男達。こんな奥深くで喧嘩していては、ますます危機的な状況にしかならないのだが、疲労困憊の男達にはそんな我慢さえ出来なくなりつつあった。
このまま殴り合いでも始まるのかという空気の中――リーダーが叫んだ。

「あった!あったぞ!こっちに来てみろ!」

 嘘のようなタイミングである。言い争いの最中だったにも関わらず、すぐさま男達はリーダーのもとに駆け寄った。
リーダーが示すパイプの裏側の壁面。ライトで照らされ、油で隠れていた表面が拭き取られたそこには確かに、ずっと探し求めていた目印のようなものがあった。

 尻尾を丸めた犬が、泣きながら逃げ出している姿を描いた絵。これが本当に地下街への目印なら、何とも自虐の効いた表現だ。ほとんど消えかかっているが、その下にはご丁寧にも「負け犬はこちら」と記されている。

「本当だ……おい、本当だぞ!間違いない、こいつが地下街への目印だ!」
「おいおい、嘘だろ、本当に地下街はあったってことかよ!」

 一喜一憂、とはまさにこのことである。興奮し、肩を叩き合いながら、口々に喜び合う男達。先ほどまでの苦難などもう忘れたかのようだった。
賭けに勝った。後は地下街に潜んで追跡を適当にやり過ごし、諦めたところで上層に戻ってお宝を売りさばけばいい。いや、いっそのこと地下街を掌握してやるのも面白いかも知れない――。
まだ地下街に着いてもいないのに、勝手な夢を語り合う男達。輝かしい未来を想い、早々にコンテナのもとへと戻って移動を再開しようとする。

 そしてこれが、男達にとっては最後の喜びとなった。

「あー……良く見つけたな。俺が初めてここに来た時は、あらかじめ目印の場所を聞いてたっていうのに、さんざんに迷ってひどい目にあったんだが」

 男達は、お互いの顔を見合わせた。今の声は、誰の声だ?全く聞き覚えがない。

「ひい、ふう、みい……おい、話より数が多いな。三人って聞いてたんだが」

 男達の様子をまるで意に介さず、謎の声は独り言を続けた。いや、正確には男達に向けて話しかけられてはいたのだが、場所が場所である。自分達以外の声など、幽霊の声にしか聞こえない。

 間を置かずに、先の見えない暗闇の向こうから、こつん、こつんと足音が聞こえてきた。
男達が喜び合った、地下街の目印がある方の向こうから。

「あいつめ、どうせライブを見ながら話してたんだろうな」

 やがて通路の向こうから、一人の男が現れた。
この薄暗さでは細かいところまでは見えないが、背の高い男のようだ。
髪は片目を完全に覆い隠すほど伸び放題で、どうやら髭も似たようなものらしい。
茶色のロングコートを羽織り、白地に黒い花がら模様のYシャツを着込んでいる。コートの胸元にぶら下がる赤い飾りが目を引いた。
男は気だるげで、肩の力の抜けた自然体そのものだった。ある意味、この状況においてはそのほうが不自然に見える。ロングコートの男は、変わらずのんきに男達の方へと歩いてくる。

「おい、止まれ!誰だてめえは!」

 男達の一人――髪の短い男が制止する。突如現れたロングコートの男に対して、少なくともいい予感はしない。警戒することに越したことはないと第六感が告げていた。

「俺か?俺はメルヴィン。この地下街の――そうだな、用心棒もどきをやってる」

 ロングコートの男――メルヴィンは歩みを止めずに答えた。
地下街の、用心棒?これで地下街の存在は決定的な物になった。男達はそう感じた。
これが路上でそう言い出した相手ならただの大馬鹿者だが、ここは薄暗い地下の中である。まず、自分達以外の人間が現れること自体が有り得ない。

「本当に地下街の人間か?助かったぜ、俺達も地下街に行きたいんだ。悪いが案内してくれないか。もう疲れきってて――」
「待て」

 安心して歩み寄ろうとした男達を、リーダーが制した。
メルヴィンを睨みつけ、じり、と後ろへ下がる。

「用心棒、だと?そんな奴が俺達に何の用だ」

 根本的な疑問。男達もはっとして身構えた。
メルヴィンは、パイプののた打つ床を足でいじりながら、興味なさげに応える。

「いやな、正直困るんだよ、お前達に来られても。お前達だろ?上層で盗みを働いて地下に逃げてきたってのは」

 メルヴィンは男達の後ろに置かれた、例のコンテナに目を向けた。
馬鹿な。何故そんな話が地下街に伝わっているのか。男達は困惑する。

「てめえ、まさかアークスの追っ手か?」

 忌々しげにリーダーが尋ねた。男達の間にさらに緊張が走る。
が、メルヴィンはどこ吹く風で、むしろ笑いながらそれに答えた。

「俺がアークスだって?おい、それだけは無いな。確かに、俺の知り合いにはアークスの奴がいるが……まあ、変わり者だ。あんな連中と一緒にされちゃ困る。俺は気楽な自由人なんでね」
「その割には、俺達に敵意があるように見えるぞ」

 逃げ出す時に集めた、鉄パイプや廃材のような武器を構える男達。相手は一人。アークスでないのであれば、勝ち目はある。最悪の場合は、袋叩きにして地下街への道を案内させればいい。

「敵意はあるさ。言ったろ、お前達に来られちゃ困るって。時々いるんだ、勘違いしたのが。どんなことをしでかしても、地下街にさえ逃げればどうにかなるって考える奴がな」

 まさに男達のことである。男達の表情が一層険しくなった。

「オラクルだって馬鹿じゃない。地下街のことなんて気付いてるんだよ。気付いた上で見逃してるんだ、過度な抑圧は暴動の引き金になりかねないからな。アークスシップみたいに閉鎖的な空間じゃ、それは致命的だ。だから、オラクルに害のない程度でひっそりと暮らす分には、連中だってうるさくは言って来ないのさ」

 メルヴィンは懐からナックルダスターを取り出した。金属で拳を覆い、打撃の威力を増強する原始的な武器の一つである。適当に拳にはめて準備をしながら、なおも話を続ける。

「だが、相手が犯罪者ともなれば話は別だ。それもアークスの設備に忍び込んだともあれば、えらい騒ぎだ。連中は必ず地下街も探しに来る。そうなれば俺達地下街の人間だって一掃されちまう。それは、困る。俺はあそこが気に入ってるんだ」
「つまり、てめえは――」

 もう、語ることは少ない。既に状況は極まっている。

「そういうことだ、お前達を捕まえに来たんだよ。アークスに引き渡すためにな」

 瞬間、男達の目の前からメルヴィンの上半身が掻き消えた。身を沈め、通路の暗闇に溶けこみながら、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって風のように男達に突っ込んでくる。

「この野郎!」

 男達の中で、一番体格のいい男が、鉄パイプを振り上げ、メルヴィンめがけて打ち下ろす。
西瓜を割るかのように、メルヴィンの頭を割ろうとしたそれは、しかし、メルヴィンが素早く上半身をひねって躱す。

「おいおい、危ねえな!」

 鉄パイプが床を叩いた甲高い音が虚しく響き、男が体勢を直そうとするよりも早く、脇腹にメルヴィンの拳がめり込んだ。
声にもならない悲鳴をあげてうずくまる男。しかしメルヴィンは、無情にもその男をさらに蹴り飛ばした。

 男の向こうから走ってきた新手の男は、蹴り飛ばされた男にもつれて倒れこんだ。その顔に、容赦のないメルヴィンの足蹴が入る。新手の男は、そのまま先に倒れた男と共に動かなくなった。

「うぇ、ちっとやり過ぎたかな?死んでもらっても困るんだが」

 なんてことだ。こいつは、とんでもない手練だ。リーダーは内心で舌打ちした。

 再び、最初のように肩の力を抜いた姿勢に戻るメルヴィン。男達は、あと三人。これまでがあまりに一瞬で、完全にメルヴィンの動きに呑まれている。

「抵抗しないなら、痛い目見なくて済むぞ。俺だってそのほうが楽でいい」

 メルヴィンが気の抜けた声で言った。まるで、仮に暴れても手間が増えるだけと言わんばかりだ。

「馬鹿が!ここで抵抗もしないような奴が、こんなところまで来るかよ!」

 リーダーの叫び声を合図に、三人が同時に襲いかかる。リーダーは一番後ろから、他の二人は左右から。いくら相手が手練でも、取り囲んで押し潰せばどうにもならないはずだ。下手に刃物を振り回さない分、仲間に当たることを恐れる必要もない。

 手前の二人が、メルヴィンの顔めがけて横薙ぎに得物を振り抜く。廃材が空気を乱暴に引き裂く音が、メルヴィンに迫る。
メルヴィンは、それを顔を下げて危なげもなく避けた。男達の得物は互いにぶつかり合い、片方が持っていた廃材は音を立ててへし折れてしまう。

「仲がいいなあ、おい」

 メルヴィンが笑った。馬鹿にされたことに腹を立て、罵声を浴びせようとする左側から襲った男の喉を、メルヴィンの掌底が打った。ナックルダスターで打ってしまえば確実だが、命を奪ってしまう危険性がある。メルヴィンの目的はあくまで生きたまま捕らえることなので、取れる選択肢は限られる。

 もらった。もう片方――掌底で喉を打たれなかった右側の男はほくそ笑んだ。さっきと違って、今回は自分がいる。掌底を打った姿勢からこちらに向くよりは、自分の二打目のほうが早い。無防備な横っ面を殴りつけてしまえばこちらのものだ。

 肉を打つ、鈍い音が響いた。男の振りかぶった鉄パイプは、メルヴィンの右腕に食い込んだ。いや、メルヴィンが頭をかばって右腕で防いだのだ。こうなることは覚悟の上だったらしい。
確かな手応え。骨が折れたかは分からないが、相当な痛みがあるはずだ。利き手を封じた。あとは怯んだ隙に追撃を狙えば――。

「畜生、痛えな……殺す気かよ?」

 顔をしかめながら、それでも平気で拳を構えるメルヴィン。
全力で振りかぶった鉄パイプをまともに食らって、顔をしかめるだけで済む?こいつまさか――。
考える間もなく、メルヴィンが繰り出す蛇のような一撃が、男の側頭部を打ちのめした。

「てめえ、適性持ちかよ!」

 最後に残された、リーダーが叫んだ。

「ご名答。まあ、元々頑丈が売りだけどな」

 メルヴィンがにやっと笑った。手間が増えるだけ、というのは、本当のことだったのだ。

 体の周りのフォトンを圧縮し、そのフォトンで空気の層のように体を包み、外からの衝撃を吸収する。主に接近戦を得意とする適性者が行うフォトン操作の一つだ。フォトンを増幅する装備が無ければ効果的な吸収は望めないが、ある程度フォトンの操作に慣れた人間なら、ごろつきが振り回す棒きれなど生身でも問題にならない。もはやこれまで、である。男達にはメルヴィンを倒す術など最初からなかったのだ。

「さて、まだやるか?」

 メルヴィンは、すっかり戦意を喪失したリーダーに声をかけた。

「悪夢みてえな話だ、こんな結末があるかよ。ああ、降参してやるよくそったれ!もう好きにしやがれ!」

 ようやく、リーダーの男は自分たちが妄執した夢から覚めた。唯一まだ意識のあるリーダーも武器を床に投げ、現実を受け入れる。ここでメルヴィンをどうにか始末したとしても後がない。地下街への道がこの先どう繋がっているかも分からないし、帰り道すら見失っている。意識を失った数人を引き連れて動くのは不可能だ。体力も限界に近く、戦う意味自体がなくなったと言っても過言ではない。

「手間が省けて助かるよ。俺だってこう見えて結構優しいんだぜ?出来れば無闇矢鱈に人は殴りたくない」
「言ってろ」

 明るく振る舞うメルヴィンにリーダーが憎まれ口を返した。リーダーからしてみれば、どうあっても納得できそうにはない。自分達が回収した、宝物の正体すら何も分かってないのだ。運んでいる途中、中身を開けて確かめようという話もあったが、そもそも男達には開け方が分からなかった。表面に操作出来るような場所がなく、数人がかりで力尽くで開けようとしてもぴくりともしない。てっきりカードキーか何かを差し込むのかとも思ったが、そんな差込口すらなかった。
いずれにせよ逃げることに必死で、地下街に着いたら何とか確かめる術を探そう、という結論に至ってこれまで放置していたのだ。

「で、こりゃ何だ?忍び込んだのはただの廃倉庫で、目ぼしい物は何もないって話だったが」

 メルヴィンが、そのコンテナに目を向けながら言った。

「俺達が知るかよ。あのくそったれの倉庫にゃ、それしかなかったんだ」
「訳も分からん棺桶抱えてこんなところまで逃げてきたわけか。その苦労にゃ頭が下がるぜ」

 メルヴィンは割と本気で同情しているようだった。もちろん、その行動の愚かしさに哀れみ半分だったが。

「とにかく、こいつも回収しなきゃな。ああくそ、面倒くさい。このあたりは通信圏外なんだよ。とりあえずお前達をふん縛って、そっから上に――」

 メルヴィンが喋る言葉に、異質な音が混じった。
無機質な、一定のリズムで鳴り響く電子音。どうやらそれは、コンテナから聞こえてくるようだった。
まだ、それ以外には変化は見られず、ただ電子音だけが暗い通路に反響して響く。

「――おい、まさか爆弾だったなんてオチじゃないだろうな?」

 さすがのメルヴィンも顔をひきつらせて男に問いかける。

「だから知らねえって言ってんだろ!おい、気を失った仲間を引き離すから手伝ってくれ!もし爆弾だったらみんな死んじまう!」
「ああくそ、面倒な――」

 メルヴィンが向かおうとしたその時、コンテナが蒸気を吹き出し始めた。電子音の間隔が短くなり、いよいよ危険な雰囲気だ。

「伏せろ!」

 メルヴィンが叫ぶと同時に、電子音が完全に繋がり長い音となり、何かの作動する音と共に蒸気の勢いも増し、あたり一面を包み込んだ。

 一瞬の静寂。
電子音が止み、蒸気の霧が晴れていく。

 そこには、蓋の開いたコンテナがあった。縦長のコンテナの上部が左右に開き、中が発光している。
メルヴィン達の位置からは中身までは見えない。とりあえず爆弾ではなかったが、それでは一体何なのか。

「お前、何かいじったか?」

 メルヴィンが聞いた。

「確かに開ける場所は探したが、いじれる場所すらなかったんだよ、あのコンテナには」
「じゃ、妖精が開けたってのか?」
「うるせえよ!とにかく俺は知らねえ!なあ、ここから離れようぜ、なんかヤバそうな雰囲気だ」

 案外図太い奴だな、とメルヴィンは鼻で笑った。さっきまで鉄パイプで人の頭を殴ろうとしていた男の言いようとは思えない。

 仕方ない、確認だけしよう。メルヴィンはコンテナの中身を確かめることに決めた。
コンテナに歩み寄り、慎重に中を覗く。未だにコンテナの周辺には僅かな蒸気の霧が残り、視界が悪い。
ようやくうっすらと見えてきた内部の構造はまさに棺桶だ。中に収納された本体を保護するために、内側にはマットが敷き詰められている。そのマットからコードが無数に伸び、蒸気の濃い本体周りへと繋がっている。
マットの一角に、心電図のように見えるパネルが設置されていて、何者かのバイタルステータスを表示していた。

 バイタルステータス?それじゃこいつは――。

 メルヴィンが答えにたどり着くよりも早く、霧が完全に晴れ、中身が明らかになった。

 そこに入っていたのは、少女。
頭から生えた二本の角が目立つ、褐色肌の若い少女だった。
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ジャンル : オンラインゲーム

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Melvyn

Author:Melvyn
メインキャラクター:メルヴィン
サブキャラクター:ヴィオレッタ

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